SDGs(持続可能な開発目標)が2015年に制定されて以来、地球上のさまざまな課題を解決するための共通の方針や目標が定められました。
そんな中注目されているのは、「持続可能な農業」への取り組みです。
これは、単に現代の食料ニーズを満たすだけでなく、未来の世代のために資源や環境を守る農業のあり方を示しています。
この概念は、単に食料を生産するだけでなく、環境的、経済的、社会的なバランスを取りながら農業を営むことを指し、「土地の持続的な利用」「農薬や肥料の適切な使用」「地域社会との協力」などが含まれ、これからの農業を考える時に、地球の資源を守りながら、効率的に作物を育て、収穫する方法を模索することは、次世代にとっても重要な課題になっております。
しかし現実には過度な農地の乱開発、過剰な農薬や肥料の使用により土地の質が低下し、農地が荒廃する事例が多数発生しています。
今回は持続可能な農業の取り組みについて、その魅力と重要性に焦点を当て、農業の未来を考察して行きたいと思います。
- 目次
持続可能な農業の取り組みへの流れと人口問題
2022年11月15日、世界の人口は80億人を超えたということが国連から発表されました。
医療技術の進歩や食糧供給の安定、教育の普及など、多くの要因が絡み合って人口は増加の一途を辿りこのままだと2037年には90億人、2080年代にはピークとなる104億人に達すると予想されております。
人口増加に伴って食料の需要も増加しており、近年の農業の進化は「大規模な農場での生産」と「大量の化学肥料や農薬の使用」によって食の安全性や環境破壊といった問題が噴出し、地球の未来に対する懸念が広がっています。
持続可能な農業の取り組みへの難問①メガファーム化
企業や大きな組織が農家から農地を買い取って農作業を効率化させて利益を享受する「メガファーム化」が進められています。
農家の高齢化による後継者不足は日本農業が抱えている最大の課題と言われており、耕作放棄地が増加している現状は国に大きな損失をもたらしています。
そのため政府は、農地の流動化を促進するための法制度を整備してきましたが、真の生産性向上のためには、農地の面的集約が必要となり、後継者に恵まれない小さな農家は競争に敗れ、次々と農地が統合される傾向にあります。
この傾向は果たして日本の農業にとって、どのような未来がもたらされるのでしょうか?
メガファーム化に進む理由
メガファームとは、大規模な経営を行っている農業法人のことを指します。
具体的な耕作面積の定義はないものの、一般的には「100ha以上の経営面積を持つ農業法人」とされており、農地の面的集約を行うことにより、農業の効率化と生産性の向上をもたらします。
さらに、大型農機の導入により生産量を増やすことが可能になると同時に、作業効率が向上し、面積当たりのコストを削減することができるため、経済的なメリットが魅力です。
その上、IT技術を活用したスマート農業の導入により、より一層の生産性の向上が期待されています。
メガファームのデメリット
日本の農地の多くは中山間地域に位置しているため、大規模農場の実現が難しい場合がありますが、そもそもメガファームを実施した場合、持続可能な農業の観点から考えると、大きなリスクを抱えていると言われています。
1. 豊かな土壌の喪失
実際、近年の森林破壊の主な原因として、大規模な商業農業が挙げられており、大規模な土地の耕作は土壌の健康を損ない持続不可能な農地にしてしまう可能性があります。
過去150年間で、高い生産性を持つ表層の土の多くが失われているというデータが示されており、持続可能な農業の実践と、自然との共生を目指す新しい農業の方向性が求められています。
2. 歩留(ぶど)まり問題
大規模農業は、効率的な生産を追求するために、作業労働時間や生産費用を削減することが可能です。
しかし、これが「量」の増加に繋がる一方で、農作物の「質」の低下を招く可能性があります。
消費者に提供する農産物の品質は、その農産物の価値を決定する重要な要素であり、品質が低下すれば、それに伴い歩留まり(全体に対する成果の割合)も低下する可能性が高まります。
つまり、大量に生産することができても、その生産物の品質が低ければ、結果的に利益を上げることが難しくなるのです。
3. 化石燃料の消費による温暖化を招く
大規模な産業農業は、機械を駆使して高い生産性を追求する一方で、化石燃料の消費が増え、温室効果ガスの排出が増加しています。
しかし、持続可能な農業のアプローチはエネルギーの効率的な利用を前提とし、生産過程でのエネルギー消費を削減する取り組みが進められています。
スマート・ファーミングの技術を取り入れることで、化石燃料の使用を減少させ、気候変動への影響を軽減しています。
4. 外敵要因の影響を受けやすい
大規模農業は、その規模の大きさゆえに、天候の変動に非常に敏感です。
特に、特定の小品目を大量に生産している場合、天候の変動や異常気象、例えば大型台風や病害虫の影響などの影響を大きく受けるリスクが高まります。
このようなリスクが現実となった場合、大量の農作物が全滅する可能性も考えられ、これは大きな経済的損失をもたらす恐れがあります。
5. 感染症のリスク
農地が拡大すると、自然のバリアとしての役割を果たしていた森林やその他のエコシステムが減少します。
これにより、人間と野生動物との接触が増加し、感染症のリスクが高まる可能性があります。
そのため、新型コロナウイルスのような動物由来の感染症の発生は、農地の拡大と密接に関連していると指摘されていますし、家畜が密集して飼育されている場合、病原体の伝播が促進されるリスクが高まります。
持続可能な農業の取り組みへの難問②農薬や肥料の使用
農業を行う上で農薬や肥料は、作物の成長を助け、害虫や病気から作物を守るために必要です。
しかし、過剰な農薬や肥料の使用は、土壌や水資源を汚染し、環境に悪影響を及ぼす可能性があります。
持続可能な農業では、農薬や肥料の使用を最小限に抑え、必要な場合にのみ適切な量を使用することが求められます。
化学肥料を使うと生産性が向上
化学肥料の主成分は、硝酸アンモニウム(NH4NO3)です。
化学肥料の存在なしでは、世界の収穫量の30%〜50%が失われるとされています。この化学肥料は、ドイツの科学者フリッツ・ハーバーと、化学会社BASFのカール・ボッシュによって20世紀初頭に開発された「ハーバー・ボッシュ法」を利用した工業的窒素固定によって製造されています。
化学肥料のデメリット
化学肥料を使うことで、短期間で作物の収穫量を増加させ、農業の生産性を高めることができます。
しかしメガファームや大規模農業における化成肥料の使用は、その効果的な栄養供給能力から多くの利点を持つ一方で、土壌の健康や植物の健康に対するリスクも伴います。
持続可能な農業を実現するためには、化成肥料の適切な使用や、有機肥料とのバランスを考慮することが不可欠です。
長期的には、予想外の大きなリスクが潜んでいます。
1. 土壌の微生物の減少
まず、化成肥料は無機肥料であり、土の中の微生物によって分解されることなく、直接植物に吸収されます。
この特性がもたらす問題の一つは、土に含まれる有機物の減少です。
過剰な化成肥料の使用は、土壌内の有益な微生物を死滅させる可能性があります。これらの微生物は、土壌の健康や肥沃さを維持するために不可欠で、微生物が不足すると、土壌は病原菌や病害虫に対して脆弱となり、農作物の健康や収穫量に悪影響を及ぼす可能性が高まります。
2. 土壌の栄養分の流出
微生物の減少は土壌の保水力や保肥力にも影響を及ぼします。
保水力が弱まった土壌は、雨水を適切に保持することができず、水分がすぐに排水されてしまう可能性があります。
このような土壌では、植物が必要とする栄養分が十分に吸収されず、流出してしまうリスクが高まります。
そのため、適切な肥料のバランスや土壌改良が必要となり、持続的な農業生産を困難にする可能性があります。
3. 植物へのダメージ
化成肥料の成分は強力であるため、適切な施肥方法が求められます。
特に、肥料を植物の株元に直接与えると、植物の根を傷つける原因となる可能性があります。
これは、植物の成長や健康に悪影響を及ぼすリスクを持っています。
4. 窒素が温室効果ガスに
植物が吸収しきれなかった窒素は、土壌を酸性化させ、硝酸塩イオンとして河川から海へ流れ出る可能性があります。
さらに、亜酸化窒素として大気に放出されれば、二酸化炭素の300倍以上の環境への悪影響を持つ温室効果ガスになります。
5. 生態系に与えるダメージ
化学肥料の使用によって、生物多様性が大きく減少する可能性もあります。
大規模な農地から流れ出た農業用水に含まれる窒素やリンによって、一部の藻類が大量に増殖し、水中の酸素を消費し尽くし、デッドゾーン(酸素がなくなった水域)が発生し、藻類を含むすべての生物が死滅する可能性があります。
20世紀後半になると、海への窒素流入量が約50%増加し、デッドゾーンの発生が10倍に増加し、海の生態系に多大な影響を及ぼしました。
6. 化学肥料によって作物の品質が低下する?
化学肥料のもう一つのコストは、作物の品質の低下です。
肥料に依存する従来の農業では、強く栄養価の高い作物を育てるために必要なミネラルを土壌に供給することができません。
その結果、干ばつや病害虫に非常に弱い作物が生産されることになります。
持続可能な農業の取り組みへの新たな方向性①多様性
産業化した農業は、高い生産性を追求する一方で、環境や生態系に対する影響を考慮していない場合がほとんどです。
しかし、持続可能な農業は、環境との共生を目指し、多様性を重視した方法を採用しており、肥沃な土壌を作ることを重視し、これによってより強い作物健康で栄養価の高い作物を生産することができ、同時に環境や生態系を守ることができます。
また、農地の健康を維持するための方法として、化学的な農薬や肥料の使用を減少させ、自然の力を最大限に活用させる方法が取られています。
多様性を持つ農業の未来
持続可能な農業は、多様性を重視し、さまざまな作物を組み合わせて栽培します。これにより、一つの病気や害虫が発生しても、全体の生産に大きな影響を与えることが少なくなります。
一方、「モノカルチャー」つまり単一の作物を大規模に栽培する方法は、産業農業の特徴として知られていますが、この方法では、作物の遺伝的多様性が失われ、病気や害虫に対する脆弱性を高めるリスクがあります。
過去には、ジャガイモ飢饉といった大きな農業災害が発生し、多くの人々の命が失われこともあり、これらの災害はモノカルチャーのリスクを如実に示しています。
土壌と作物の健康に留意した持続可能な農業について考えてみたいと思います。
1. 有機農業
有機農業は、化学肥料や化学農薬を使わず、自然の力を最大限に活用して作物を育てる農業方法です。
これには、堆肥の使用、自然農法、有機農産物の生産などが含まれます。
有機農業は、土壌の健康を維持し、環境に優しい農業方法です。
2. 再生可能エネルギーの利用
再生可能エネルギーは農業分野においても利用が進んでいます。
太陽光発電や風力発電など、再生可能エネルギーを利用することで、農業の環境負荷を減らすことができます。
また、再生可能エネルギーの利用は、農業のコスト削減にも寄与します。
3. 水資源の効率的な管理
水は農業にとって欠かせない資源です。
しかし、地球上の淡水資源の大部分が農業用に使用されており、特に灌漑農業は淡水の大きな消費者として知られており、過剰な水利用は地球環境に悪影響を及ぼすため、水資源の効率的な管理が求められます。
持続可能な農業の取り組みの中では、新しい節水技術が注目されており、これには、適切な灌漑方法の選択、雨水など水の再利用などが含まれます。
4. 土壌の潤いと栄養を保つ技術
水資源の効率的な管理技術の中には、配水管やチューブ、弁などを使った点滴灌漑や、稲や麦のわらなどで土壌の表面を覆うマルチング技術、等高線を利用した耕作方法、そして河川の水質を保護するためのフィルタリング技術などが含まれ、これらの技術は水の有効活用を目指しています。
さらに、深い根を持つ多年生作物の栽培を推進することで、水の消費を抑える努力が行われています。
持続可能な農業の取り組みへの新たな方向性②コミュニティーと制度
農業は、地域社会と密接に関連しています。
地域社会の人々と協力し、地域の資源を適切に利用することは、地域社会の発展に寄与することができるという側面もあり、持続可能な農業を営む上でとても重要です。
同時に地域の人々との連携は、農産物の販売拡大や情報交換など地域ネットワークの強化、関係人口の増加など農業を通じたコミュニティーの拡大と活性化に繋がります。
これには、地域の人々とのコミュニケーション、地域の資源の共有、地域の環境を考慮した農業の実践などが含まれ、地域の人々と協力し、地域の資源を適切に利用することで、地域社会との連携に繋げることも、持続可能な農業の重要な取り組みの一つです。
持続可能な農業コミュニティーを作るポイント
地域の人々を中心に、知識や経験を生かし、互いに支え合うコミュニティを形成することが求められます。
このようなコミュニティは、農業の活性化だけでなく、地域全体の活気をもたらします。
持続可能な農業を中心とした地域を作るために必要なテーマは以下の項目に分けられます。
1. 人を惹きつける地域
持続可能な農業は、地域の多様な人々の判断と実行によって営まれるべきです。
関係人口を増加させたり、地域外からの新しいパートナーを迎え入れるなど開かれた環境のもと、共に農業を行うことで、新しい価値や視点を取り入れることができます。
2. 地域ぐるみで農地を維持する
農地は地域の貴重な資源です。
そのため、農地の有効利用や保全が求められており、地域の人々や組織が一丸となって、農地の最大限の利用や保全を目指すことが重要です。
農地の確保や有効利用を促進するための対策を強化することで、農業の持続可能性を高めることができます。
特に、遊休農地の解消や農地情報の整備・管理の強化が求められます。
3. 国際化を視野に入れた日本農業
グローバル化が進む中、日本の農業も国際的な視点での取り組みが求められます。
異なる風土や文化を持つ国々との連携や協力を強化することで、多様な農業の形態や知識を共有し、共存共栄を目指すことが重要です。
アジアモンスーン地帯との連携を強化することで、地域ごとの特性や強みを生かした農業の発展が期待されます。
4. 農業経営の安定に資する制度の制定や対策の強化
戸別所得補償制度の見直しや法定化を進めることで、農業経営の安定性を高めることができます。
また、食料自給率向上や耕地利用率向上を目指すための政策支援も必要です。
地域の人々や組織との連携を強化し、農業の高度化・効率化を実現するための取り組みを進めることが重要です。特に、農地の所有や管理に関する新しい制度や仕組みの導入が求められます。
SDGsと持続可能な農業への世界の取り組み
SDGs(持続可能な開発目標)は、2020年から2030年までの10年間が「行動の10年」として位置づけられています。
この期間中、各国はSDGsの達成に向けた具体的な取り組みを進めることが期待されており、日本を含む多くの国々で、これに関する活動や取り組みがメディアや報道を通じて広く伝えられています。
持続可能な農業の考え方は、従来の農業が抱える問題点を避け、新たな価値観を土台にした未来への指針として捉えられるでしょう。
弊社(株式会社アグリステージ)でも、SDGsへの取り組みを宣言しており、三重県SDGs推進パートナー(第6期)に登録されています。
国連環境計画(UNEP)の取り組み
国連環境計画(UNEP)は、1972年に設立された国際的な組織で、環境の保全と持続可能な開発を推進することを主な目的としています。
この組織は、地球規模での環境課題の設定や、政策立案者への支援、そして国連システム内での環境に関連する活動の推進を行っており、グローバルな環境保全のための権威あるスポークスパーソンとしての役割も果たしており、持続可能な農業を「現代と未来の世代のニーズを満たしながら、環境の保護と社会経済の公平性を追求する農業」と定義しています。
異なる定義で地域の事情を尊重?
しかし、国連環境計画の定義は地域や文化によって変わる可能性があります。
例として、ブリュッセルに本部を置く「Sustainable Agriculture Initiative(SAI)プラットフォーム」を挙げることができます。
この組織は、世界中の農業や食品関連の企業170社が参加しており、その中には大手企業も名を連ねていますが、このような多様な組織には矛盾が生じることもあります。
例えば、牛肉生産の持続可能性に関して異なる意見を持つ組織が共存しており、それにもかかわらず、SAIプラットフォームは持続可能な農業の推進に努力しています。
持続可能な農業は一つの答えではなく、状況や地域に応じて適切な方法を選択する必要があります。
限られた土地を最大限に利用するシンガポールの試み
シンガポールのような国は、限られた土地資源の中で持続可能な農業を追求しています。
シンガポールは、2030年までに食料自給率を30%にするという目標を掲げており、そのための施策として、政府が所有する駐車場の屋上を農地として提供する計画を進めています。
中東の国々も、持続可能な農業の取り組みを強化しています。クウェートの企業は、ドイツのテクノロジーを活用して、屋内での野菜栽培を行っています。この方法は、従来の農業よりも水や肥料の使用量を大幅に削減することができます。
新技術を導入するインドの取り組み
インドも、技術の進化を活用して、持続可能な農業の実現を目指しています。
多くの新しい技術や方法を取り入れて、農業の効率化や環境への影響を低減する取り組みを進めています。
しかし、これらの取り組みだけでは、食料の安全確保や環境問題の解決には至らないでしょう。
気候変動の影響を受ける中、持続可能な農業の重要性は増しています。私たち一人一人が、小さな行動を通じて、持続可能な未来を築く手助けをすることが求められています。
まとめ
現在の農法を続けていると、環境に悪影響を及ぼす可能性があります。
そのため、環境を守りながら、効率的に作物を育て、収穫することができる持続可能な農業の取り組みは、今後の世代にとっても重要な課題です。
持続可能な農業は、環境を守りながら効率的に作物を育てる方法を取り入れることができる、いわば地球と共に生きる農業ということができます。
また、地域社会との協力を深め、地域の資源を適切に利用することで、地域社会の発展にも寄与することができます。
私たち一人一人の「食」に関わる農業は、地球上で生活する人類共通の問題であり、SDGsが目指す目標と価値を世界中で共有することで促進のスピードは早まる可能性があります。
その意味でも、農業の持続可能性について一人一人が関心を示すような情報の発信や取り組みが国家規模で求められるのではないでしょうか。
- この記事の監修者